
久方ぶりに直接アップロードしてみる。
散歩に出る気もなく手持ち無沙汰にテラスの花々を
でたらめに写す。
本日も是好日、等閑也。
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裏の水浴池の駐輪場に咲く苔のような小さな野草の花
今はまだ訪れるヒトも少ないが
そのうち大挙押し寄せる自転車のその車輪に
押しつぶされる運命である。
しかし夏を耐え、冬をやり過ごし
また来年のこのころには
きっとまた咲くに違いない。
エライものなのである♪
家のの前の共同花壇にさくノバラは
庭師が定期的にメンドー見てくれるので
こっちはただ眺めていればよいので気が楽だ。
その片隅にこんな白い雑草のようなものが咲いている。
ノバラにまけじと賢明に背伸びをしているその姿に
ちょっとカンドーもしてみる。
それもやはり気が楽な趣味なのである。
花壇が淋しくて仕方がない
と、家内が愚痴をこぼしていたが
テキは忙しいので買いに行く暇がない。
とはいえ、わたしめにはどれを買っていいかわからない。
本日、天気あまりにひどく出かける場所もないので
二人で花を買いに行った。
うれしそうにテキはあれこれ買い込み
さっそく庭やベランダに植え込んだところ
天気がみるみる好転したではないか!
な、な、なんとここいらの天気は吾妻が
こさえていたのであった!ww
昨日はやっと夕べの散歩ができる天気になった。
数日間であたりは一変しているではないか。
ライラックは満開をすぎ、マロニエも終わりかけている。
かわりに野辺の花があちこちで咲いているのは微笑ましい。
九時になってもまだ暮れない。時間だけはもう立派な初夏なのだが・・・
今週はずっと肌寒い日が続いている。今朝は氷雨が降る始末である。小高い地域では雪だそうだ。
これだからドイツの天気はあてにならないのだ。
20数年前に来独して気づいたのが、なんだか軽井沢か日光によく似た気候だなあ、ということだった。
そうなのだ、まさに山の天気なのである。夏の爽やかで乾いた空気、冬の閉ざされた空、その変化の激しさ、山の天気以外の何者でもない。
だから女心をあてにしないように、ドイツの天気に何かを期待してはいけないのであった。ww
久しぶりにEX 30mm/F1.4をSD14に装着してみた。
ううむ、やはりいいレンズだなあ、と唸る。
F2に絞っても被写界深度は充分浅い。
そしてボケとシャープさの塩梅が実によいのであります。
ズミルックスに相当するような描写であろう、と勝手に見なしておくのであります。♪
とゲーテはその『イタリア紀行』の扉に記した。
暗くそして昏いドイツからアルプスをこえてイタリアへ旅した者は、みなこのゲーテと同じ感想をもつのだ。
しかし初夏から初秋にかけての、つまり夏時間帯のころのドイツは、それでもここもまたアルカディアであると思わせる日々なのである。
しかしそれはそうなのだが、しかし年によっては氷雨の降り続く冷たい夏もあるのであって、それは開高健の『夏の闇』がうまく描写しているのを、実際ドイツで暮らしてみて実感したのだった。
だから夏は避暑ならぬ避寒の時期で、そろって地中海地方へ逃避する者も多い。わが家では今年の夏は地中海を越えてカナリア諸島へ赴く計画なのであります、むふふ♪
五月になっていきなり初夏の陽気になった。一昨日は26℃もあったのだが、その翌日つまり昨日は13℃にさがってしまい、どうなることやら、とはらはらしていたが、今日は綺麗に晴れてくれた。
気温は20℃、爽やかな五月の開始である。
久しぶりに昔住んでいた街の公園を訪ねた。そこは多くの想い出がいまだあちこち彷徨っているトポスである。
家の近くのニセアカシアはまだ新緑が芽吹いていないのに、その公園ではもう幼い葉が萌えている。なにやら古い街の精霊に、「帰って来いよ」、と呼ばれたような気がした。
気持ちのいい一日だった。
復活祭の時の写真の整理がまだついていない。
これはすでにFlickrでエントリーしたが、この建物には思いでがある。
Hotel zum Ritterという1592年に建てられたルネッサンス様式の由緒正しいものである。
その一階にあるレストランも当地ではかなりハイクラスなのだが、わたしは一度だけそこで食事をしたことがある。
それはわれわれ夫婦が、そのごく近くにあるハイデルベルク市役所で結婚登記をしたその日の昼食であった。
来年はそれから25周年目にあたる。歳月は人を待ってはくれないのだ。
村上春樹の『スプートニクの恋人』という小説をごらんになった方は、フシギに思ったことだろう。
ヒロインの一人、スミレはいったいどこへどうして消滅してしまったのだろうか、
あるいはあの物語のすべては主人公の妄想だったのだろうか、と。
London Caller氏は妄想説を採るようだが、妄想にしては細部が出来すぎている。そこがまあ小説の「売り」なのであろうが・・・
わが家の些細な庭にも今年もまたスミレが咲いた。
冬場はすっかり消滅したように見えてもしっかり根をはっているのだ。
村上氏もそれが言いたかったのかも知れない。
Auto RevuenonをSD14で試写してみる。数日前に使用したPancolarはクセ玉でボケが荒れたりとんでもない色がでたりと手こずるのだが、このAuto Revuenonは実に素直なレンズである。
富岡製といわれているが、はたしてそれもナットクできる働きである。Y/CのZeissはそのほとんどがまた富岡製という噂であるが、どうもほんとうらしい。だからY/Cのレンズにもよく似た性能を感じる。
SD14に装着した姿はこんなである。
欲しくなった方もおられるかな♪
この場所も散歩道途上にあるので何度もエントリーに登場したはずである。
奥に見えるのが第一定点観測所である遊泳場で、こちら側は釣りクラブなのです。ボートはつり師たちの備品。
今回はSD14にPancolarを装着してみた。かなりのクセ玉だが絞ると綺麗な風景画が撮れる。
しかし以下は色収差がしっかり出たケース。これはこれで興味深いのでそのままFlickrにもエントリーした。
本日朝のラジオニュースが東京の降雪を告げていた。ついでというのか鳩山総理がどうこう言っていたが関心がないのでなんのことかは聞き逃した。
こちらでは春は冬へあともどりすることなく進捗中だが、かといって定着しているのでもない。例年通りのぐつついた四月である。
人々は四月には何も期待してはいない。ただの過渡期なのだから。
本命は五月。「美しき五月」といわれているように五月になるともう完全に寒さに別れを告げていきなり夏に突入するからだ。
がしかし、六七月になると、もう夏は終わってしまったのか、と思わせるほどの氷雨が降ることもある。
まただからこそ五月の美しさが際立つのであろう。
四月はだから、あと何日で五月?として数えられる運命の哀しき月なのである。